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2010.12.27 Monday

KENSHO KUMA - "PROJEKT LIFE FORCE" RELEASE INTERVIEW

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    10年近くも前のこと、DJ ドルビーのミックステープをウォークマンで聴いていると、確かB面の頭だったと思うけど、ヤバいラッパーが出てきた。本当にかっこいいラップだった。カセットテープの中の紙を取り出し、誰かと確認してみると "KENSHO" と書いてある。それがKENSHO KUMAのヒップホップに触れた最初の思い出。それから月日が経ち、まさか僕らのレーベルから彼のアルバムをリリースすることになるとは夢にも思わなかった。ヒップホップの神様の粋な計らいか、そもそもそういう運命だったのか。

     2010年の初夏にそのKENSHO KUMA自らが、セカンドアルバムをWE NOD レーベルからリリースしたいと持ち込んできて始まった今回のプロジェクト。話し方や立ち振る舞い、歩き方、身のこなしなど全ての動作からヒップホップを感じる人物は、アメリカに行くとよくいますが、このKENSHO KUMAもそんな1人。力のある眼で、ストレートに自分の意見をぶつけてくる、つまり気持ちの良い人物。そんな本物のBボーイ、KENSHO KUMAから届いたセカンド・アルバム13曲。完成までに4年半を費やしたという意欲作だ。リリックは英語と日本語の比率が7 : 3と、英語詞のほうが多いものの、特に日本語のラップにはこだわって書いたというリリックは、僕らの心にズバズバと突き刺さってくる。そんなリリックをリスナーの皆さんにも確実に届けたいと思い、日本語訳歌詞カードを封入しています。翻訳はKENSHOが自ら訳してくれ、それを僕が分かりやすい言葉に置き換えたり校正して完成しました。是非じっくりと読み込んで頂けたらなと思います。

     この度、今作のリリースに際しインタビューを敢行し、あらためてこのアルバムに対する彼のビジョン、日本とアメリカのヒップホップシーンの狭間で活動する彼独自の視点、ヒップホップに対する純粋な愛情を語ってくれました。読んでもらえば分かるように、コッテコテのBボーイ、最高です。日米両方の内部からヒップホップシーンを見て来た彼の発言は、僕らにとって興味深いものがあります。それでは最後までお楽しみ下さい。




    Q1 : まずはKENSHO KUMAを今回初めて知ったという方に向けて、今までの活動歴を聞きたいと思いますが、ラップを始めたのはいつ頃で、きっかけは何でしたか?


    A : バークレー、510イーストベイ、カルフォルニア出身のケンショークマです。生まれは横浜で、85年にこっちに移住しました。中学の時ヒップホップを聞いてた記憶はあるけど、本当に俺にMCingの興味を持たせたのは紫のカセットですね。パープルテープ (レイクウォンのファースト・アルバム "Only Built 4 Cuban Linx")。レイの言葉使い、一人一人が持ってる何個もの別名、暗いオーラ、カンフーサンプル。当時のウータンの作品がラップを始めたきっかけだってハッキリ言えます。97年、98年頃からラップしっぱなしです。ライムできる技術は俺にとってパスポートみたいな物です、どこに行ってもコミュニティーが在る、どこに行っても居場所が在るから。 



    Q2 : ラップを始めてから、影響を受けたアーティストは?


    A : ウータン、ゴースト、レイ、パン、ビッグエル、JMT, パック、ナズ、ジェイ、エム、デラ、モブ。最近応援しているのはサイゴン、パプースとエルザイ。初めて聞いた日本語ラップは96年のMystic Journeymen のカセットにフィーチャーされていた Rino。やられた。日本人アーティストで影響を受けているのは般若、シンゴ2、オジロ、ケイボン、それからMSC。SHINGO 西成とアナーキーもドープ。プロダクションで影響を受けているのはもちろんDJ プレミア。それからボノボとブルー・スカイ・ブラック・デスも好き。でも一番影響受けているアーティストはどこにでもいる無名の "天才ラップバカ" ですね。どこでもいるでしょ?スピーカーの周りで笑顔で頭振ってる奴。ミーハーな曲がかかるとMOP聞きたがる奴。ビッグ・エルがかかると必要以上にうるさい奴。一緒にトラック録音する前の夜、"俺の16 (小節) が一番ドープだ" って、午前4時半までそのヴァース練習してる奴。フリースタイルで人に言わなくていい個人情報スピットする奴。スタジオから帰るのが5時間遅いから彼女に怒鳴られる奴。酒よりも女よりも、サイファーでスピットしてる方が幸せな奴。 



    Q3 : 生まれは横浜とのことですが、その後アメリカのカリフォルニア州で育ったことが、どのように影響していますか

    A : まだ自分もそれは完璧には分からない。まだ自分自身の事を学んでる。もっとちゃんとした大人になれた時に答えるよ。日本で生まれ育った日本人から見れば、俺なんかアメリカン、アメリカでは永遠に移民。これは別に珍しい事だとは思っていない。バイカルチャラルな人は、皆このコンプレックスをある程度背負ってるはず。俺が自覚している事は、ベイエリア、全ての人種が暮らしてるところで育てられたから、自分のアイデンティティーを "何人" のカテゴリーの中に見つけようとしない事。



    Q4 : 99年にリリースされたコンピレーション "Catacombs" に参加しましたが、その経緯を教えて下さい。

    A :ハDJ Dolbee とは98年にヘイトストリートに在ったゼブラレコードの地下で会いました。俺ハイエロのチケット買いに行ったんだ、あん時。彼がミックスしてて、俺がいきなりフリースタイル目の前で始めたんだ。"こんどミックステープに載せてやるよ!" ってドルビーが言って俺が電話番号渡した。当時の俺はまだ道ばたサイファーにやっと慣れてきた感じで、録音した経験なんて無かった。数週間後 "Nice Kut" の俺のパートを録音した。彼が帰国した後も連絡していて、その時期にドルビーは "カタコームズ" のコンピを任された。あのプロジェクトのコンセプトは、アメリカと日本のウェストサイドアンダーグラウンドを連結する事がテーマで、カルフォルニアと大阪のアーティストがフィーチャーされました。99年夏に、俺と兄貴分のテンゼンがカタコームズの曲を録音する為東京に呼ばれました。DJ Dolbeeには今でも感謝しています、俺のラップを信じてくれた初めての人です。



    Q5 : 当時のベイエリアのヒップホップ・シーンや日本のシーンはどんな感じでしたか?

    A : 当時のアメリカのインディーズシーンは熱かったよ!! レジェンズが本当に強かった!! 99年の夏だと思うけど、シンゴ2とリビング・レジェンズの満員リキッドルームライブに行ったんだ、今でも印象的なのは一番前にいる女の子が感動して泣いていたこと。。。インディーズアーティストにとって90年代前半はすごくいい時代だったよ。テレグラフ(バークレーの大通り)でカセットを5ドルで手売りしてるMCたちが、海外に行ってイベントを満員にしてるんだもん! これは世界中で共通してたけど、あの頃って "メインストリーム対アングラ" みたいになってたのをよく憶えてる、誰でもそのどちらかのサイドについてた。その当時の日本のシーンの事はあまり知らないけど、オジロのファーストを聞いて本当にやられた。日本語ラップを勉強し始めたのも90年代前半だった。ちょっとくさいかもしれないけど、90年代前半のシーンは、当時何も分かっていない18歳の俺をちゃんと躾けてくれました。



    Q6 : この後に中国やアジアを旅行したようですが、その体験が音楽に影響を与えましたか?

    A : 2年間ぐらいアメリカから出ていました。 中国の成都と上海、それから東京で暮らしました。チベット、タイ、ラオスとカザカスタンにも行きました。中国は、日本人やアメリカ人の常識が通用しない別世界ですね。どこに滞在してる時も結局働きながらラップしてました。1つだけハッキリ言えます、本物のヒップホップはどの言語にも存在するということ。その逆 (フェイクなヒップホップ) も同様。ラップできる技術は本当に全世界有効のパスポートです。アジアで体験したことは今でも学び続けていることで、日本や中国は毎日頭の中で考えるほど、アジアで出会ったみんなには一生感謝し続けます。世界がベイエリアだけで無い事、アメリカ人の考え方は外国では通用しないって事を学びました。 



    Q7 : そして2006年にはソロとしては初のアルバムとなる"Rewritten Code ov Honor"をリリースしました、このアルバムをどのように捉えていますか?

    A : "カルフォルニアではラップできる事なんて特別な事では無い"って言ったら少し厳しすぎるかもしれないけど、確かにラップしてる奴の数が多すぎるように感じる。そして実際にちゃんとした作品をリリースするアーティストの数はその全体の一割以下だと思う。だから俺はどうしても自分のラップを作品にしたかった。18で実家を出て、気がついたらオークランドのマッカッサー通りのアパートで、ラッパー/サグ/ キチガイの5、6人と生活してた。毎週末みんなでクラブやハウスパーティーにラップしに行った。イベントに入れない時は外で Bacardi 151 (ラム酒) を飲みながらラップしていた。ベイエリアのストリートの全てを奴らが教えてくれた。生活イコール、ラップだった。どうしても作品にしたかった。今振り返ってみると、もっと違うやり方をすれば良かったな、と思う部分もあるけど、あのアルバムは大好きだし誇りに思ってる。アルバムが完成した後、あの時点でカリフォルニアでやれることは全て終わったかなと思ったから、スーツケースにアルバムを詰めてアジアに向かったんだ。何か他のものを見る必要があったから。本当に良い経験でした、音楽のビジネス面がぜんぜん分かっていなかったから、沢山の人にサポートされました。Lo-VivesのKKさんにシャウトアウト。



    Q8 : それでは今作 "PROJEKT LIFE FORCE" についてお聞きします。まずこのタイトルの意味についてと、今作のコンセプト、テーマといったものはありますか?

    A : "ライフ・フォース" というのは、俺達みんなに流れてるエネルギーのこと。俺にとってはそのエネルギーはラップすることであり、リリックを書くということ。人生で何が起ころうと、このおかげで俺は大丈夫だと思う。この "ライフ・フォース" が俺の中を流れてるから。 このプロジェクトを個人的なバイリンガルの "Illmatic" (Nasのファーストアルバム) にしたかった。っていうのは、このアルバムは、アーティストが一生のキャリアの中で一度しか作れないというレベルのものだから。そして生活が変わろうとも、ヒップホップを愛しつづける世界中の人達に捧げたものなんだ。



    Q9 : 本作では日本語と英語のラップが収録されたバイリンガル・アルバムとなっていますが、英語でラップすることと、日本語でラップすることの違いや気にするところなどを教えて下さい。

    A : アメリカで生活してるから、自然と英語でライムする時間が多くて、だからここ3、4年は日本語のライミングを英語のフロウと同じレベルまで進化させるようにしてきた。でもまだ英語でライムする方がぜんぜん得意。英語では音節を計算しながらリリックを書いていくという手法があるんだ。このテクニックで、一つ一つの小節のパターンをコントロール出来る。このテクニックを俺の日本語のフロウに変換するのに長い時間がかかったんだ。例えば、"sneaker (スニーカー)" という単語は、どういう発音をしようが英語では2音節なんだけど、日本語では3にも4にも5音節にも出来るんだ! すっ/にー/かーとか、すっ/に/い/かーにも、すっ/に/い/か/あー にも出来る。分かってる、凄いラップオタクに聞こえるね。だけどこれが俺が両方の言語でライムを書くやり方。もう一つの日本語でライ ミングする時の気になることは、日本のシーンで育ってないから、日本語の語彙とかスラングが、他の日本のMC達と比べて、彼らと同じレベルではないということ。先に答えたような日本のアーティスト全てに影響を受けてるけど、でも日本語でライムするということを自分自身で理解して、成長させなくちゃいけなかった。そしてそのことについてまだそのラップの科学を発展させてるところ。



    Q10 : 5曲目の"City Lights" だけでなく、アルバムを通して "ベイエリア" や "サンフランシスコ、バークレー" などの単語がよく出てきますが、やはり地元のシーンに対しての愛情を感じる内容となっていますが、ベイエリアに対してどのような感情を持っていますか?

    A : 地元に愛と誇りを感じるのは人間みんな同じだと思います。ベイエリアの本当の美しさはマルチカルチャラル (多文化) である事。世界中の人々がベイエリアに移住して、共に生きています。みんな移民です。移民のほとんどは彼らの民族の誇りやアイデンティティを保ち続けてる。ベイエリアへの愛でもってみんな結束してる。みんな違う、でも同じって感じ。 



    Q11 : 今作にビートを提供したビート・ メイカーについて教えてもらえますか?

    A : タイトルトラックの "Life Force" をプロデュースしてくれたDarb / J-Mobb は東京滞在の日本人ビートメイカーです。クイーンズブリッジにも住んでいた事があるそうで、Infamous Mobb とも友達だそうです。彼とは 08年にマイスペースで知り合いました。Kemui はLibra Record のコンピで初めて聞いて、ものすごい気に入りました。俺がマイスペースでシャウトをリクエストして、結構話が合うので何曲かプロダクションを頼みました。彼のラップスタイルは本当に歌いこんでるヴァイブが伝わってくるから、やられました。Jovian はサンフランシスコ出身のヒッピーです、現在中国四川州に滞在しています。楽器を何種類も使いこなせるフォークミュジシャンタイプですね。奴とは昔 Hunters and Gatherers ってグループをやっていて、アジアで共に冒険を色々経験しました。Mezmetic は俺のマイメン、エンジニア、それからセラピストです。サンフランで "Sevyn Layerz Deep" ってスタジオを経営しています。奴とは長い付き合いで、本当に今でも迷惑かけっぱなしです。Say はアルゼンチン出身のプロデューサー/ MCで、結構前に彼の方から俺のヴァースをリクエストしてきました。何ヴァースかミックステープにフィーチャーされて、その後ビートテープが届きました。 彼のクルーメンバーはアルゼンチンのグラミー賞勝者だそうです。Cloud N9ne は東京 Musou Productionのプロデューサーです、彼とは俺の戦友/エンジニア Sohch の新宿スタジオで紹介されました。現在二人でEP製作中です。Kristo はカルフォルニア、フリーモントに在る Street Symphony Studios のプロデューサーです。彼はラップ、歌、プロダクションン、格闘技もできちゃう凄い奴やつです。 おなじみ DJ Dolbee にラストトラック "Exit from the Catacombs" を作ってもらって、10年ぶりに一緒に曲をやりました。



    Q12 : 英語、日本語だけでなくスペイン語なども出てきますが、ゲスト参加したアーティスト達について教えて下さい。それと、やはり グローバルというのが本作のキーポイントの一つでしょうか?

    A : グローバルってキーワードは別にそんなに意識していません。どの国でも結局ラップだから、俺みたいな奴は世界中にいるから。初対面の有名日本人ラッパーと話していたら自然に話のトピックが "ウータンで誰が一番好き?、インスペクター? ダーティー?" になった。上海の俺が遊びに行ってた LAB DJ コミュニティーセンターはナイキがスポンサーで、サンプルのエアファースが届くたびみんなで取り合った。スロベニアでは地元の奴に "ボズニアにライブしに行こう!"って誘われた (行けなかったけど)。俺が言いたいのは、国と言語が違っても結局同じ。ラップ中毒者は全世界、何語でも共通点が多すぎると思う。Say、Kemui、KristoとSohchはラップでも参加しています。7曲目にフィーチャーされているAnom Flux は東京滞在フロリダ出身ヴェネズエラ人です、三全世界のメンバーで俺の戦友です。12曲目にフィーチャーされている Akua Naru は、ドイツ滞在東海岸出身の女性MCで、彼女とは中国成都で一緒に行動していました。 



    Q13 : 今作の中で気に入っているリリックがあれば教えて下さい。1フレーズで構いません。

    A : 全てのヴァースに全力をかけました。でも小節何個か選ぶんなら、タイトルトラックのサビでスピットする、"...even if I get a wife and kid and work a 9 to 5nothing could ever change me I'll be spitting 'til I (drop) / 俺が妻を見つけても、子供ができても、就職しても、倒れるまでスピットする" ですね。"



    Q14 : このアルバムのここを聴いてほしいというような部分はあります?

    A : 全力尽くしました、全曲気に入っています。



    Q15 : ウータンで誰が一番好き?

    A : ゴーストフェイスキラーーーー!! ザ・ワラビーチャンプ!!



    Q16 : ファンの皆さんにメッセージをお願いします。


    A ; よろしくお願いします。コメントやプロップス、クレーム、何でも「kensho.kuma.com」に送ってさい。



    インタビュー : 西喜 純一 (WE NOD RECORDS)
    日時 : 2010年12月初旬



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