2011.06.12 Sunday

環ROY - あっちとこっち RELEASE INTERVIEW

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    WE NOD(以下W):アルバム「あっちとこっち」がリリースされてしばらく経ちましたけど、感触はどうですか。Twitterなんかを見ていると、ヒップホップ・シーンの内外両方から大きな反響が来ているような気もします。

    環ROY(以下R):そうだったら両方の接続点になれたってことで、とてもいいことなんですけど・・・相変わらずヒップホップの人がどう思ってるのかはよく分からない(笑)。まあ、それはもういいかなって。


    W:確かに、もはやシーンとの距離みたいなことにはこだわってない作品ですよね。

    R:2ndの「BREAK BOY」が、それを吹っ切る作業だったんで、意図的にああいうスケールの小さい話をしたんですね。じゃないと先に進めない気がしたんですよ。若気の至りを全部吐き出す儀式、みたいな(笑)。


    W: 色んなこだわりが吹っ切れた結果、今作が風通しの良いアルバムになったのは間違いないですよね。でもそれだけじゃなくて、このアルバムでは、ラブ・ソング 的なリリックをヒップホップへの愛の表現として読むこともできるし、一方で、ヒップホップの話をしているリリックに素朴な感情の揺れを見ることもできる。 両方向から読んでいける文脈の厚みがあるっていうのが、前作との最大の違いじゃないかなと思うんです。

    R:そう解釈されたら嬉し いですね。ただヒップホップとかラップとかの意識は、前のアルバムで浄化、成仏させたんで。あえて言うなら「生活の話」と「音楽の話」。もしくは表現、歌 の話っていう風にできたらいいなと。このアルバムを作り終わって、よりそう思うようになったんですけどね。


    W:そうなんですね。

    R:でも、今もラップ一杯聴いて研究してるし・・・ラップする人なんで・・・(笑)。ラップする人でしかない。




    W:やっぱりその2つのトピックは、ラッパー・環ROYなりのやり方でミックスされてる。そこに普通の「君と僕」の歌とも、「俺とラップ」の歌とも違う厚みっていうのがあるように思うんです。

    R: そうなってたらいいなっていうところです。最後から2番目の曲「GOD ONLY KNOWS」とかは片思いの曲っぽいんですけど、実際は自分と他者、とか、自分と自分の音楽を聴いてくれる人の関係の比喩なんですね。どの角度からアクセ スしても成立できればいいなって思って作りました。コミットメントするプラグが色々あって、でも自分の中では一本の文脈がある・・・っていう作詞構造を目 指してる。


    W:ラッパーとしてそれをやろうとしている人は、なかなか居ないような気がしますが。

    R:KREVA はずーっとやり続けてますよね。RHYMESTERは2人で補完しながらやろうとしてるし、THA BLUE HERB(のBOSS)もライブとか見てるとそうしようとしてる気がする。次作がすごくが楽しみ。音楽性云々は置いといて、そういう他者と理解し合おうと する姿勢を持ってる人に共感していて、「フルメタルラッパー」ではその3組の名前を出してます。


    W:なるほど。

    R: 抽象的な話になっちゃうんだけど・・・80年代に日本にヒップホップが輸入されて「こういうもんなんだ」ってなったわけじゃないですか。で、90年代に何 かカッコいい、目新しいユースカルチャーとして一気に広まって、その時代はその解釈で成り立ったんだと思うんです。でもヒップホップの誕生から40年近く 経って、もう目新しさはなくなってしまってる。新しさも、時代に対する尖った感じも失った40歳ぐらいになるヒップホップは、色んな人とコミットメントす る時にはもう一回解釈しなおさないといけないよね・・・って思ったので、そういう話をしたいなって。


    W:うんうん。

    R:もうマスもコアもないし、あいつと自分(の対立)もない。どちらでもない、新しいものを建設していけたらいいねっていうのは、たぶんどのジャンルでも言えると思ってる。遅くなっちゃったけどここから考え直していきたいねって。


    W:だから自分でも「ある意味では前作よりレベルかつハード」だって言ってましたよね。

    R: 無いものを構築しようとしているつもりなので。「あいつが悪くて俺たちが本当のことを言ってる」っていうのは一見本当っぽいけど、それって旧時代的な考え 方だっていう気がしていて。例えば「政府が何かを隠してる」とか・・・そいつらを選んだのは俺らだし、俺らじゃないにしても俺らの親、親の親だったりする わけで。誰かのせいにするのは、結局自分を否定することに他ならないというか。


    W:「あっちとこっち」っていうタイトルも、どこかの特定の対立のことを示したいわけじゃなくて、むしろ逆ですよね。

    R:ほんと語感で付けたんで。もうそういうのはいいんです。みんな仲良くできればいいんです・・・(笑)。







    W:(笑)。さて、今日はさらにリリックの話を掘っていきたいんですけど・・・作詞する人、リリシストとしての環ROYは今作ですごく成長したと思ってるんです。

    R:えーー、まだまだですよ。アルバムの30%ぐらいしか作詞と呼べるものにはなってない感じです。


    W:じゃあ今まさに伸びてるっていうことで。

    R:いい解釈(笑)。


    W:作ってるうちに変わっていった部分も大きかったのかなと。例えば「街並み」では一度完全にライミングを外したんですよね?最初僕も気づいてなくて、それを知った時にちょっとびっくりしたんですけど。

    R: 相当「踏んでる風」にしたんですよね。でもそれって実は、ラッパーの文脈で「スキルフルだね」っていうことでしかなくって。ライミングをしないで音楽的な 聴き心地を損なわないようにする、っていうのは、日本語のオーセンティックな構造をどんどん変質させていく作業なんですよ。変な所で切ったり、発音を変形 させたり。でも、それはさっき話した多くの人がコミットメントできる構造からは離れていく気がします。


    W:そこを乗り越えて、またライミングに戻ってきたと。

    R:そう。ケツで踏んでいくとヒップホップ的には単調なんだけど・・・それを表現力とかヴォーカルの巧さでもって「カッコいい」ものとして成立させるのは、ミニマルでシンプルな作業だから、本当は一番高度なように思います。それで作れるようになれればいいなって。


    W:トリッキーな踏み方をするのでもなく、逆に踏まずにフロウだけで乗せていくのでもなく・・・。

    R:・・・なんかこれ、いいすね。WE NOD的な、ラップのすごい細かい話(笑)。


    W:では細かい話をもう1つ(笑)、リリックのモチーフのことを聞きたいんですけど。

    R:はい。


    W:さっきの「街並み」もそうですけど、よく「街」や「都市」の話が出てくるじゃないですか。これは昔の作品からずっと繋がってるテーマだと思うんです。

    R:あ、そうかも。そうですね。


    W: 以前のインタビューでも、自分が作っている音楽は「東京に住んでて生まれる音楽」「都市の音楽」だと再認識した、っていう話がありましたよね。もちろん、 どのラッパーも街のことをラップするわけです。それは自分のレペゼンする味方としての街か、あるいは自分を圧迫する敵としての街ですよね。ROYさんの面 白いのは、そのどっちでもない街が出てくるところだなあと思っていて。つまり、よく分からない場所、自分を戸惑わせるものを持った場所、あるいは「君の 街」っていうまだ知らない場所。

    R:地元みたいなものへの思い入れが希薄なんだと思うんですよ。ニュータウンで育ったし・・・まあそれを理由にするのも一元的過ぎるんですけど。ただ今住んでいる場所がここ、っていうだけでしかない。


    W:1st の「少年モンスター」 (これも、ダメレコ初期作品にも関わらずゲストMCがいないという特徴的な作品でした)に収録されている「midnight breaking fishman」に、「わざと遠回り もっと/今の曲を聴いていたいのさ」っていうフレーズがありますよね。街のスピードとは違うところにヘッドフォンの中の音楽のスピードがあって、そっちに 合わせて歩くっていう。この距離の取り方がすごく印象的だったんです。まさにフィッシュマンズ的な立ち位置というか。

    R:それは すごくあったんですけど・・・悪く言うと、「街は時速100kmで、俺は時速10km、それで別にいいよ」っていうのは無責任だなって、2ndを出して以 降思うようになって。それは自分の今のモードじゃないんです。それもいいんだけど、それでも合わせていこうっていう強さも必要な気がする、って言いたいん ですね。「自分は自分」では成立し得ないってことがやっと解ってきたので。


    W:「midnight breaking fishman」、「inner city blues」(2nd収録)を踏まえてそのスタンスに至ったことを考えると、やっぱり大事なテーマなんですね。

    R:うん、「街並み」は「inner city blues」の発展形なんです。「街」って、つまり他者ですよね。厳然と、超然と存在している自分以外の人たち・・・それが存在していないと自分さえも存在できないわけですよ。


    W:だから「あっちはあっち」ではない。

    R:「ファック・バビロン」とかマジ無責任すぎるだろ、って思っちゃったんですね、大人として。何かを相対化して、カウンターとして自分のアイデンティティを担保するなんて超簡単なことだから。


    W:カウンターの対象に依存してると、それが無くなったときに自分も無くなってしまうし。

    R: そう。それさえも気づかないから「ファック・バビロン」とか言えちゃうわけでしょ。「バットマン」の「ダークナイト」の話みたいなもんですよ、バットマン が存在するためにはジョーカーが存在しないといけない。善悪なんて時と場合ですぐに翻ってどっちだか分からないし、正解もない。正解は色んな文脈の中で形 成されてきた時代のムードでしかないから。今はそういう視点に立てたらいいなと願ってるんですけどね。


    W:1stから聴いてる身としては、今日の話は何だか感慨深かったですね。

    R:その時々の自分の文脈っていうのがあるので、それを追いかけてくれるのはほんとありがたいです。最近載った「MUSICA」の鹿野(淳)さんのレビューも、僕の文脈をちゃんと読み込んでくれてて嬉しかった。


    W:では、最後になりましたが今後の活動の話などを。またソロと並行してコラボの予定もあったりするんでしょうか?

    R:個人としてはすごくやりたいんですけど、今はやるべきことが他にある気がしていて。一人で自分を追い込んでみようかなと。


    W:なるほど。じゃあ、またタイミングが来たらkakatoもやりましょうってことで。

    R:でも鎮座DOPENESSと最近仲悪いんですよね・・・会うたびに罵倒し合ってる。


    W:・・・気長に待ってます(笑)。


    回答 : 環ROY
    質問/構成 : Yuichi Ishikuro (enjeu riddims press)
    取材日 : 2011年5月11日(水)
    場所 : POPGROUP 事務所
    2011.01.11 Tuesday

    TAKUMA THE GREAT - S/T RELEASE INTERVIEW

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      Q : アルバムリリースおめでとうございます!まずは簡単に自己紹介含め、アルバムの紹介をお願いします。

      TAKUMA : ありがとうございます。台湾と日本のハーフで、いちおう四ヶ国語話したりします。地元は横浜で、活動拠点はLAと横浜です。



      Q : 今回のアルバムでもLAのトラックメイカーが参加していたりしますが、やはりLAとはご自身にとって思い入れの強い場所ということですね?

      TAKUMA : そうですね。やはりいろんな方面で自分に影響を与えてくれた場所ですし、なによりも今回のアルバムに参加してくれたLAの人たちは、向こうで一緒にライブやパーティーをともにしました仲間です。



      Q : なるほど、では彼らとの出会いを始め、向こうでの活動の中で特に印象的だった事はありますか?

      TAKUMA : "free style fellow ships" などがいる、LAのPROJECT BLOWEDというシーンがあるんですが、そこはかなり自分にとって特別な場所ですね。そこは毎週木曜になると何処からともなくMC、DJ、DANCER、TRACK MAKERなどが集まり、みんなでサイファーなどやってるんですよ。当時まだ10代だった自分にとって「これだ! これがhiphopなんだ!!」って思えた場所ですね。あともうひとつが、確か三回目のLA滞在中に "asian hiphop sumit" というツアーに正式ではないですが参加することができまして、西海岸三都市ぐらいでマイクを握らせてもらったことは今でも大きな財産です。



      Q : サイファーからってのがまた凄いですよね。渡米時にはもう英語は話せたのですか?

      TAKUMA : いや、それがそうでもないんですよ (笑)。当初は発音と単語には強いぐらいでして、はっきり上達したきっかけは今のLAの相方、トニーってやつとの出会いですね。彼とは "CHOP STICK FANTASY" というグループをやってまして、LAにいるときはこのグループでかつどうしているんです。で、彼との出会いなんですが、自分は以前 "E-TRADER" というグループで活動していたころなんですが、このE-TRADERで1stを出した時に路上販売をしてまして、そん時にいきなりfreestyleをしかけてきたアメリカ人がトニーだったんです (笑)。でもそれをきっかけにそいつと遊びだし、横浜や都内で自分らのライブがある時はトニーを呼んでセッションしたりしてる内に、なぜか俺んちに住み始めたんですよ (笑)。でもそのおかげで大分英語は上達しました。でもLAにいくきっかけを作ってくれたのはこいつだったんです。



      Q : 凄い出会いだなー。本当に何があるか分からないですね(笑)。さて、今回TAKUMAさんのアルバムを聴かせて頂いて、最初は単純にラップスキルの高さに圧倒されたのですが、回を増すごとにトピックの選び方やストーリーテリングの仕方含め、本当にバラエティーに富んだアルバムだと感じました。その辺りは普段から意識されていますか?

      TAKUMA : 単に韻が硬いとか、フローがすごいとかって今ではもはやスタンダードだと思うんです。そこでやはり大事なのがオリジナリティーだとが、パーソナリティーだと思うんです。でもなんだろう?やはり意識はしてるとおもいます。







      Q : 客演のMC陣は神奈川勢で固めていますが、人選はどの様にされたのですか?

      TAKUMA : 基本的には、この人と曲をやりたいと思ったらって感じですね、でもみんなに共通してるのがみんないい意味で「クセ者」なんですよ。



      Q : 確かに(笑)。では、今回の制作で特に印象に残っている事はありますか?

      TAKUMA : 印象っていうよりも感動に近い感覚ですね (笑)。みんな自分のためにこんな協力してくれるなんて (笑)。



      Q : リリースを経て、この先はどんな活動をしていきたいとお考えですか?

      TAKUMA : もう少しLAと日本の活動をボーダレスにしていきたいですね。そういう意味で外交官みたいになって、両国共にあげていきたいですね。それと来年は前述したCHOP STICK FANTASYのアルバムを出そうと思ってます。いつかはまだ決まってませんが、もうすでに製作は始まってます。 



      Q : 改めてお聞きしますが、今回のアルバムは貴方にとってどの様なアルバムになりましたか?

      TAKUMA : かっこよく言えばラップを初めてから10年結晶!あとはやはり新しいスタンダードという思いで作りました。



      Q : TAKUMA氏の描くその新しいスタンダードとは?

      TAKUMA : 生活臭とワールドワイド!!!(笑)。



      Q : では国内外問わず気になる又は今後共演してみたいアーティストはいますか?

      TAKUMA : いっぱいいますね!!日本だと、BRON-Kさん、RAUDEFさん、hisomi-tnpさん、あとtwiggyさん!!twiggyさんは自分がラップを始めようと思ったきっかけです。国外ですと、brother aliさんといつかは曲を作りたいです。



      Q : ありがとうございます。それでは最後にリスナーに向けて一言お願いします。

      TAKUMA : まず聞いていただいて本当にありがとうございます。今回のアルバムは現時点での自分の最高を出しました!しかし2ndを出すときはさらに超絶なのをぶちかまします!!keep your eyez on me!!!!!


      日時 : 2011年1月10日(月)
      質問 : Forte / Ultra Vybe
      回答 : Takuma The Great
      場所 : 不明
      2011.01.11 Tuesday

      TRIUNE GODS - SEVEN DAYS SIX NIGHTS RELEASE INTERVIEW

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         1月19日 (水) にリリースが予定されている Triune Gods のアルバム "Seven Days Six Nights" 。降神の志人と、アメリカのMC ブルーバード、カナダのビートメイカー スコット・ダ・ロスという異色の3名が意気投合し、新たに始まったこのプロジェクトの記念すべき第1弾リリース!! このプロジェクトが始まった経緯や、このアルバム製作にまつわる話を、チャット対談で大いに語ってもらいました。予定時刻を大幅に過ぎるという、大盛り上 がりを見せたこの対談。3人のこのアルバムに対する愛情と情熱を感じる内容となりました。チャット上でまずはお互いに挨拶から、ワイワイガヤガヤと賑やか に始まりました。




        Bleubird (以下、B) : みんな同じ部屋にいたら良いんだけどね。

        Scott Da Ros (以下、R) : ビールでも飲みながらね。


        We Nod (以下、WN) : OK、じゃあ始めましょうか。じゃあ1問目、このTriune Godsというプロジェクトを始めたきっかけは?いつ?

        R : えーと、誰が答える? (笑)

        B : じゃあスコットお願い。(しばし間が空く) スコット、ちゃんと答え考えてるの?

        R : 今タイプしてるんだよ。書き過ぎかな。このプロジェクトは2008年に始まって、ブルーバードと俺は2008年に日本をツアーしたんだ。志人とはそのツ アーの東京公演で初めて会った。グランマ・ミュージックのヨースケが、それ以前に何人かの日本のラッパーの音源を送ってくれてたんだ (彼にはいつも何か新しい音楽について尋ねているんだけど)。そこで志人を聴いてブッ飛んだ。すぐにブルーバードにその音源を送って、聴いてもらったん だ。そして、東京公演の会場で志人に会ったんだけど、お互いの音源を交換して、会話をした。ツアーから帰国してすぐに、志人と何かプロジェクトが出来ない かな、ってヨースケともっと話してみたんだ。1つのビートを送ってみたんだけど、それがこのEPのオープニングで表現したかったもので、そこから俺らはみ んなこのアルバムを作り始めようってことになった。

        B : ヨースケとスコットのおかげで、俺は日本に行く数年前から志人のファンだったんだ。


        WN : じゃあ、元々このプロジェクトのアイデアは、その日本ツアーの際に出て来たってことなのかな?

        R : 確か日本でみんなが顔を合わせてから、何か音楽を作れるんじゃないか、って気はしてたよね。1曲かそれ以上か。

        B : 日本にいる時には、志人とはこのプロジェクトについてはまだ話してなかったと思う。短いミーティングだったけど、その間にみんな仲良くなれたから、それ以降はスコットとそのアイデアについて話し合ったよ。


        WN : 志人さんに質問しますが、スコットとブルーバードに会った時には彼らのことは知ってましたか? また、その時の彼らの音楽に対する印象を教えてもらえますか?

        志人 (以下、S) : 彼らと会う前から、実際にブルーバード、スコット・ダ・ロス、それからエンデミック・ミュージックについては知っていました。

        R : 志人、君が俺らの音楽を知ってたなんて初めて聞いたよ。ああ、ヨースケが俺らのCDを送ったのかな?

        加藤氏 (Gramma Musicのレーベルオーナー) : スコット、志人さんはDJ BakuのオフィスでブルーバードのRIP USAを聴いたんだよ。

        S : そう、貴方達の音楽は知ってたよ。ブルーバードの12インチをそのオフィスで聴いたんだ。


        WN : 繰り返しになりますが、志人さんは彼らの音楽に対してどんな印象を持っていましたか?

        S : 実験的でしたね。アバンギャルドで、かなりドープなものだと感じました。それとブルーバードのフロウは全て素晴らしいものでした。


        WN : 志人さんはこのEPのレコーディングの為にモントリオールに行かれたんですよね?その時の話を教えてもらえますか?

        S : 7日間だったけど、1年くらいに感じました。それは退屈でではなく濃密過ぎて。観光らしい観光は一切しませんでした。とにかく毎日、起床→カフェオリンピ コでコーヒー飲んで→24時間手作りベーグル屋で朝食→録音→録音→掃除→サラダ作って→パスタ作って→掃除→録音→録音→帰宅後セッション→就寝、みた いな感じでした。滞在中にモントリオールのライブハウスでライブもさせて頂きました。Scott有り難う!! 私達(sibittとbleubird)を7日間泊めて下さったリオン君は大工さんだったんですが、宿泊中に3段ベッドや屋上にデッキを作ってくれたりし ました。本当に感謝していますし、物凄い行動力に感服です。自作スタジオも自宅に作ってましたから。録音が終わって帰ってきてもまたセッション。

        B : 志人がモントリオールに着いて数時間後には、森の中の大きな岩の上に座って、人生や音楽、お互いの街のことについて語り合って、そしてフリースタイルし合ったよね。

        S : あの体験は凄かった!!! 空港に迎えに来てくれてありがとう、あの光景は忘れないよ。

        R : 志人は着陸してすぐに、初めてのロティを平らげたんだ。


        WN : スコットとブルーバードの2人で空港まで迎えに行ったの?

        B : そう、あと友人のリオンも。彼はその頃一緒に住んでて、俺らにでっかいベッドを作ってくれたり、曲を作る際に屋上から街を眺める為にデッキを作ってくれたりしたんだ。でも後になって大家が来て、そのデッキを取り払う羽目になったんだけど。


        WN : ところでスコット、さっき言ってたロティって何?

        R : カリビアン料理で、じゃがいもと豆のカレーとチキンも付いてくる。または肉無しで。

        B : たまにカボチャもね。

        R : 俺達が志人を連れてった店は、カボチャを使ったロティで有名な店で、美味しいんだ! 明日食べなくなってきた。


        WN : スコットと日本で会った時に話したかもしれないけど、モントリオールって多文化な街なんだよね?

        R : そうだよ、究極のマルチ・カルチャラルな街。多分北米で一番なんじゃないかな?

        B : 俺も北米で一番好きな街、あとクリエイティブなエネルギーに満ちてるんだ。

        S : そうだね。凄くクリエイティブなパワーがある。

        R : カナダはバイリンガルの国だけど、特にケベックとモントリオールは本当にバイリンガルだね、フランス語と英語ね。


        WN : その多文化な雰囲気が、作る音楽に影響を与えていると思う?

        R : そう思うよ。直接的では無いにしろ、他の文化の音楽を聴いているとそう思う。でも、色んなタイプの人間に囲まれて生活してれば誰でも影響を受けると思う。特に新たなことに対して、心を開くというか。


        WN : なるほど。じゃあ、アルバムに話を戻して、このタイトル "seven days six nights" の意味は何なの?

        B : モントリオールで皆で一緒にレコーディングした時間の長さだよ。

        R : 内緒だけど、これにさらに2年間を加えた時間をかけたんだけどね・笑。でも、このタイトルの時間の間に、一緒に曲を作って、アイデアを出して、レコーディングしたんだ。そしてお互い良い友人になった。


        WN : このアルバムのコンセプトとかテーマってある?

        B : スコットのそれぞれのビートが映画みたいだから、ビートがすでに言葉を持たずに何かを語っているよね。だから俺と志人は、己の感情や思考、ストーリーを使って、音楽のフィーリングを際立たせることにベストを尽くしたんだ。


        WN : じゃあ、スコットはこのアルバムのビートを作るにあたって、どんなイメージを持っていたの?あらかじめイメージが出来上がってたのかな?

        R : この作品に取掛かった際の一番の目標は、国境や境界が無いところに音楽を持っていきたかったってこと。ブルーバードと志人がボーカルということでとても助 かった。というのも彼らはとてもオープン・マインドで、新しいアングルやアイデアに対して喜んでやってくれるって分かってたから。でもいつもは (前もって) イメージは持たないんだ。進むべき方向は分かっているんだけど、それがどこに連れていってくれるかは分からないという感じ。(今回のレコーディングは) 音楽を作った中でも最高の時間だったよ。

        B : 僕の面から言うと、(事前に) アイデアがあまり出来上がった状態にはしたくなかったということ。だから自分達の経験を持ち寄ってほとんどのリリックを書く事が出来たんだ。





        WN : アルバムが完成してみて、今はどんな心境?

        B : これは自然な成り行きという感じ、成るべくして成ったというか。

        R : 全ての音が完璧だと思う。音を作ってる時には、もっと出来るんじゃないかなって思うし、ある程度まとまってくるとハッピーになって、最後のミックスの段階になると、究極のハッピー状態になるんだ。


        WN : 僕もこのアルバムは凄く良い作品だと思ったよ。

        R : ありがとう。気に入ってくれて嬉しいよ。

        B : 俺も嬉しいよ。

        S : スコットとブルーバードともっと曲が作れたら良かったけど、この7日間は素晴らしい日々だった。だからTriune Godsとしてもっと曲を作ろう!! このアルバムは大好きで毎日聴いてるよ。アートワークも最高!!

        B : そうだね、全てが完璧に上手くいった!! あとはエンデミックからグランマから降神からP-vineからWe nodまでのコネクションもね!!


        WN : 3人でツアーを回ったりというような予定はあるの?

        B : まずは日本からツアーしようと計画を立てているんだ。このアルバムの曲をステージで歌うのを待ちきれないよ。

        R : (日本ツアーは) 2011年の秋に予定しているよ。ヨーロッパもツアーで回りたいというアイデアも出ているんだ。もうすぐプランがかたちになると思う。志人もまたモントリ オールに戻ってきてくれるみたいだし (多分)、その時にブルーバードも来れば、カナダでいくつかライブが出来るかもね。バードはどう思う?

        B : 俺はボートを作って、世界中を回りたいね。

        R : それ良いね、海の生物を前にライブするんだ。人間なんてクソ食らえだ。

        S : それ最高!! 長い船旅。


        WN : あ、そういえば限定の7インチも出すよね。みんなはアートワーク見た?

        B : イエス!! ダイキ (グランマ・ミュージックの加藤氏のこと) のお母さんが作った粘土人形でしょ。最高!!

        R : そう、先週見せてくれたんだけど、すぐに大好きになったよ。自分自身の人形ってだけで楽しいし、それに良く出来てるから曲のイメージにも合ってるし、7イ ンチのジャケットとしても良いと思う。俺達は次のアルバムに取掛かりたいんだ。志人が4ヶ月前にセカンド・アルバムを作り始めないか、って言ったんだ。

        B : 俺は準備出来てるよ!!

        R : だから2011年は新曲に取掛かるよ、特にツアーで3人が顔を合わせた時にね。音楽を聴きながらお互いにアイデアを出し合ったり。

        S : それは良いね!!

        加藤氏 : CDのアートワークを担当したヒロについても話したほうが良いんじゃない?

        S : 今回アートワークを担当して下さった Hiro Kurata さんは私が非常に尊敬している画家の一人です。私とHiro君は渋谷のパイニールという場所で出会いました。そこはエネルギーの満ち溢れた画家や芸術家が 集う場所でした。降神のアートワークを描いている戸田真樹氏と一緒にHiro君がそこでライブペインティングをしたのを憶えています。天才同士の絵画のぶ つかり合い、見ている方としても物凄い経験をさせて貰いました。そんな二人の横で私は4時間ぐらいフリースタイルしてました。そしてそこで見た彼の絵画に 一目惚れをして、それ以降ずっと彼の絵のファンだったのです。私とonimas(templeatsのトラックメーカー)はHiro君の個 展"HIROIC"を観に恵比寿まで足を運びました。その個展は本当に凄まじかったです。 同じ時代を生きる人間として心より尊敬しております。のちに Hiro Kurata インタビューも僕自身が敢行するので、彼のインタビューもお楽しみに!

        R : 彼は志人の友人で、アルバムのアートワークを誰に頼むのかについて話し合ってたんだ。答えを探していた時に、志人がヒロのアートワークを見せてくれたんだ。それを見た瞬間に彼が適任だって分かったんだ。そして志人がヒロに聞いてくれて、了解を得た。

        S : そう、彼は明らかに天才。


        WN : それではそろそろ最後のまとめに入りたいと思いますが、最後にファンの方にメッセージや、言いたいことをお願いします。

        R : 今までサポートしてくれた人みんなに感謝したいのと、もっとたくさんの人に俺達の音楽が届くと良いな。あと秋にツアーで日本に行くよ!! 日本が大好きだし、待ちきれないよ。DJ クラッシュがこのアルバムを聴いてくれると良いな。ビートに影響を受けたうちの1人だから。

        B : 俺にとって、このアルバムをスコットと志人と一緒に作れたということはとても光栄なことだし、それにも増して、このアルバムの曲を一緒にステージで演奏するのはさらに光栄なこと。日本の友人やファンのみんなの前でね。

        S : 私自身もScottDaRos、BleuBirdと出会えた事、そして同じ時代を音楽という表現の場で共有出来た事、言葉や国境を超え心を通わせる事が出 来た事、心より光栄に思います。そして、この素晴らしい二人に私を引き合わせて下さったGranmmaMuiscに心より感謝の念を述べます。プロジェク トをサポートして下さっている全ての素晴らしい人々に感謝し、そしてこれからも綴り続けるTriuneGodsの更なる物語を皆様どうか楽しみにしていて 下さい。まずはSevenDays SixNights で一週間の冒険に出掛けてみませんか?TriuneGodsの物語は続くよ!!

        R : Granma、TempleATS、P-Vine、We nodには感謝してる。今回の協力には特に。普段だと自分1人でレーベルのことを全てこなしているから、今回みたいにアーティストとしてだけでリリースに関わるのは本当に良いね、このやり方のほうが良いな。


        WN : それじゃあ皆さん、良い休暇を!!

        B + R : ありがとう!! みんな日本で会おう!!


        インタビュー : 西喜 純一 (WE NOD RECORDS)
        日時 : 2010年12月20日
        場所 : チャットにて
        参加者 : 志人 (TempleATS) / Bleubird / Scott Da Ross / 加藤氏 (Granma Music)
        2010.12.27 Monday

        KENSHO KUMA - "PROJEKT LIFE FORCE" RELEASE INTERVIEW

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          10年近くも前のこと、DJ ドルビーのミックステープをウォークマンで聴いていると、確かB面の頭だったと思うけど、ヤバいラッパーが出てきた。本当にかっこいいラップだった。カセットテープの中の紙を取り出し、誰かと確認してみると "KENSHO" と書いてある。それがKENSHO KUMAのヒップホップに触れた最初の思い出。それから月日が経ち、まさか僕らのレーベルから彼のアルバムをリリースすることになるとは夢にも思わなかった。ヒップホップの神様の粋な計らいか、そもそもそういう運命だったのか。

           2010年の初夏にそのKENSHO KUMA自らが、セカンドアルバムをWE NOD レーベルからリリースしたいと持ち込んできて始まった今回のプロジェクト。話し方や立ち振る舞い、歩き方、身のこなしなど全ての動作からヒップホップを感じる人物は、アメリカに行くとよくいますが、このKENSHO KUMAもそんな1人。力のある眼で、ストレートに自分の意見をぶつけてくる、つまり気持ちの良い人物。そんな本物のBボーイ、KENSHO KUMAから届いたセカンド・アルバム13曲。完成までに4年半を費やしたという意欲作だ。リリックは英語と日本語の比率が7 : 3と、英語詞のほうが多いものの、特に日本語のラップにはこだわって書いたというリリックは、僕らの心にズバズバと突き刺さってくる。そんなリリックをリスナーの皆さんにも確実に届けたいと思い、日本語訳歌詞カードを封入しています。翻訳はKENSHOが自ら訳してくれ、それを僕が分かりやすい言葉に置き換えたり校正して完成しました。是非じっくりと読み込んで頂けたらなと思います。

           この度、今作のリリースに際しインタビューを敢行し、あらためてこのアルバムに対する彼のビジョン、日本とアメリカのヒップホップシーンの狭間で活動する彼独自の視点、ヒップホップに対する純粋な愛情を語ってくれました。読んでもらえば分かるように、コッテコテのBボーイ、最高です。日米両方の内部からヒップホップシーンを見て来た彼の発言は、僕らにとって興味深いものがあります。それでは最後までお楽しみ下さい。




          Q1 : まずはKENSHO KUMAを今回初めて知ったという方に向けて、今までの活動歴を聞きたいと思いますが、ラップを始めたのはいつ頃で、きっかけは何でしたか?


          A : バークレー、510イーストベイ、カルフォルニア出身のケンショークマです。生まれは横浜で、85年にこっちに移住しました。中学の時ヒップホップを聞いてた記憶はあるけど、本当に俺にMCingの興味を持たせたのは紫のカセットですね。パープルテープ (レイクウォンのファースト・アルバム "Only Built 4 Cuban Linx")。レイの言葉使い、一人一人が持ってる何個もの別名、暗いオーラ、カンフーサンプル。当時のウータンの作品がラップを始めたきっかけだってハッキリ言えます。97年、98年頃からラップしっぱなしです。ライムできる技術は俺にとってパスポートみたいな物です、どこに行ってもコミュニティーが在る、どこに行っても居場所が在るから。 



          Q2 : ラップを始めてから、影響を受けたアーティストは?


          A : ウータン、ゴースト、レイ、パン、ビッグエル、JMT, パック、ナズ、ジェイ、エム、デラ、モブ。最近応援しているのはサイゴン、パプースとエルザイ。初めて聞いた日本語ラップは96年のMystic Journeymen のカセットにフィーチャーされていた Rino。やられた。日本人アーティストで影響を受けているのは般若、シンゴ2、オジロ、ケイボン、それからMSC。SHINGO 西成とアナーキーもドープ。プロダクションで影響を受けているのはもちろんDJ プレミア。それからボノボとブルー・スカイ・ブラック・デスも好き。でも一番影響受けているアーティストはどこにでもいる無名の "天才ラップバカ" ですね。どこでもいるでしょ?スピーカーの周りで笑顔で頭振ってる奴。ミーハーな曲がかかるとMOP聞きたがる奴。ビッグ・エルがかかると必要以上にうるさい奴。一緒にトラック録音する前の夜、"俺の16 (小節) が一番ドープだ" って、午前4時半までそのヴァース練習してる奴。フリースタイルで人に言わなくていい個人情報スピットする奴。スタジオから帰るのが5時間遅いから彼女に怒鳴られる奴。酒よりも女よりも、サイファーでスピットしてる方が幸せな奴。 



          Q3 : 生まれは横浜とのことですが、その後アメリカのカリフォルニア州で育ったことが、どのように影響していますか

          A : まだ自分もそれは完璧には分からない。まだ自分自身の事を学んでる。もっとちゃんとした大人になれた時に答えるよ。日本で生まれ育った日本人から見れば、俺なんかアメリカン、アメリカでは永遠に移民。これは別に珍しい事だとは思っていない。バイカルチャラルな人は、皆このコンプレックスをある程度背負ってるはず。俺が自覚している事は、ベイエリア、全ての人種が暮らしてるところで育てられたから、自分のアイデンティティーを "何人" のカテゴリーの中に見つけようとしない事。



          Q4 : 99年にリリースされたコンピレーション "Catacombs" に参加しましたが、その経緯を教えて下さい。

          A :ハDJ Dolbee とは98年にヘイトストリートに在ったゼブラレコードの地下で会いました。俺ハイエロのチケット買いに行ったんだ、あん時。彼がミックスしてて、俺がいきなりフリースタイル目の前で始めたんだ。"こんどミックステープに載せてやるよ!" ってドルビーが言って俺が電話番号渡した。当時の俺はまだ道ばたサイファーにやっと慣れてきた感じで、録音した経験なんて無かった。数週間後 "Nice Kut" の俺のパートを録音した。彼が帰国した後も連絡していて、その時期にドルビーは "カタコームズ" のコンピを任された。あのプロジェクトのコンセプトは、アメリカと日本のウェストサイドアンダーグラウンドを連結する事がテーマで、カルフォルニアと大阪のアーティストがフィーチャーされました。99年夏に、俺と兄貴分のテンゼンがカタコームズの曲を録音する為東京に呼ばれました。DJ Dolbeeには今でも感謝しています、俺のラップを信じてくれた初めての人です。



          Q5 : 当時のベイエリアのヒップホップ・シーンや日本のシーンはどんな感じでしたか?

          A : 当時のアメリカのインディーズシーンは熱かったよ!! レジェンズが本当に強かった!! 99年の夏だと思うけど、シンゴ2とリビング・レジェンズの満員リキッドルームライブに行ったんだ、今でも印象的なのは一番前にいる女の子が感動して泣いていたこと。。。インディーズアーティストにとって90年代前半はすごくいい時代だったよ。テレグラフ(バークレーの大通り)でカセットを5ドルで手売りしてるMCたちが、海外に行ってイベントを満員にしてるんだもん! これは世界中で共通してたけど、あの頃って "メインストリーム対アングラ" みたいになってたのをよく憶えてる、誰でもそのどちらかのサイドについてた。その当時の日本のシーンの事はあまり知らないけど、オジロのファーストを聞いて本当にやられた。日本語ラップを勉強し始めたのも90年代前半だった。ちょっとくさいかもしれないけど、90年代前半のシーンは、当時何も分かっていない18歳の俺をちゃんと躾けてくれました。



          Q6 : この後に中国やアジアを旅行したようですが、その体験が音楽に影響を与えましたか?

          A : 2年間ぐらいアメリカから出ていました。 中国の成都と上海、それから東京で暮らしました。チベット、タイ、ラオスとカザカスタンにも行きました。中国は、日本人やアメリカ人の常識が通用しない別世界ですね。どこに滞在してる時も結局働きながらラップしてました。1つだけハッキリ言えます、本物のヒップホップはどの言語にも存在するということ。その逆 (フェイクなヒップホップ) も同様。ラップできる技術は本当に全世界有効のパスポートです。アジアで体験したことは今でも学び続けていることで、日本や中国は毎日頭の中で考えるほど、アジアで出会ったみんなには一生感謝し続けます。世界がベイエリアだけで無い事、アメリカ人の考え方は外国では通用しないって事を学びました。 



          Q7 : そして2006年にはソロとしては初のアルバムとなる"Rewritten Code ov Honor"をリリースしました、このアルバムをどのように捉えていますか?

          A : "カルフォルニアではラップできる事なんて特別な事では無い"って言ったら少し厳しすぎるかもしれないけど、確かにラップしてる奴の数が多すぎるように感じる。そして実際にちゃんとした作品をリリースするアーティストの数はその全体の一割以下だと思う。だから俺はどうしても自分のラップを作品にしたかった。18で実家を出て、気がついたらオークランドのマッカッサー通りのアパートで、ラッパー/サグ/ キチガイの5、6人と生活してた。毎週末みんなでクラブやハウスパーティーにラップしに行った。イベントに入れない時は外で Bacardi 151 (ラム酒) を飲みながらラップしていた。ベイエリアのストリートの全てを奴らが教えてくれた。生活イコール、ラップだった。どうしても作品にしたかった。今振り返ってみると、もっと違うやり方をすれば良かったな、と思う部分もあるけど、あのアルバムは大好きだし誇りに思ってる。アルバムが完成した後、あの時点でカリフォルニアでやれることは全て終わったかなと思ったから、スーツケースにアルバムを詰めてアジアに向かったんだ。何か他のものを見る必要があったから。本当に良い経験でした、音楽のビジネス面がぜんぜん分かっていなかったから、沢山の人にサポートされました。Lo-VivesのKKさんにシャウトアウト。



          Q8 : それでは今作 "PROJEKT LIFE FORCE" についてお聞きします。まずこのタイトルの意味についてと、今作のコンセプト、テーマといったものはありますか?

          A : "ライフ・フォース" というのは、俺達みんなに流れてるエネルギーのこと。俺にとってはそのエネルギーはラップすることであり、リリックを書くということ。人生で何が起ころうと、このおかげで俺は大丈夫だと思う。この "ライフ・フォース" が俺の中を流れてるから。 このプロジェクトを個人的なバイリンガルの "Illmatic" (Nasのファーストアルバム) にしたかった。っていうのは、このアルバムは、アーティストが一生のキャリアの中で一度しか作れないというレベルのものだから。そして生活が変わろうとも、ヒップホップを愛しつづける世界中の人達に捧げたものなんだ。



          Q9 : 本作では日本語と英語のラップが収録されたバイリンガル・アルバムとなっていますが、英語でラップすることと、日本語でラップすることの違いや気にするところなどを教えて下さい。

          A : アメリカで生活してるから、自然と英語でライムする時間が多くて、だからここ3、4年は日本語のライミングを英語のフロウと同じレベルまで進化させるようにしてきた。でもまだ英語でライムする方がぜんぜん得意。英語では音節を計算しながらリリックを書いていくという手法があるんだ。このテクニックで、一つ一つの小節のパターンをコントロール出来る。このテクニックを俺の日本語のフロウに変換するのに長い時間がかかったんだ。例えば、"sneaker (スニーカー)" という単語は、どういう発音をしようが英語では2音節なんだけど、日本語では3にも4にも5音節にも出来るんだ! すっ/にー/かーとか、すっ/に/い/かーにも、すっ/に/い/か/あー にも出来る。分かってる、凄いラップオタクに聞こえるね。だけどこれが俺が両方の言語でライムを書くやり方。もう一つの日本語でライ ミングする時の気になることは、日本のシーンで育ってないから、日本語の語彙とかスラングが、他の日本のMC達と比べて、彼らと同じレベルではないということ。先に答えたような日本のアーティスト全てに影響を受けてるけど、でも日本語でライムするということを自分自身で理解して、成長させなくちゃいけなかった。そしてそのことについてまだそのラップの科学を発展させてるところ。



          Q10 : 5曲目の"City Lights" だけでなく、アルバムを通して "ベイエリア" や "サンフランシスコ、バークレー" などの単語がよく出てきますが、やはり地元のシーンに対しての愛情を感じる内容となっていますが、ベイエリアに対してどのような感情を持っていますか?

          A : 地元に愛と誇りを感じるのは人間みんな同じだと思います。ベイエリアの本当の美しさはマルチカルチャラル (多文化) である事。世界中の人々がベイエリアに移住して、共に生きています。みんな移民です。移民のほとんどは彼らの民族の誇りやアイデンティティを保ち続けてる。ベイエリアへの愛でもってみんな結束してる。みんな違う、でも同じって感じ。 



          Q11 : 今作にビートを提供したビート・ メイカーについて教えてもらえますか?

          A : タイトルトラックの "Life Force" をプロデュースしてくれたDarb / J-Mobb は東京滞在の日本人ビートメイカーです。クイーンズブリッジにも住んでいた事があるそうで、Infamous Mobb とも友達だそうです。彼とは 08年にマイスペースで知り合いました。Kemui はLibra Record のコンピで初めて聞いて、ものすごい気に入りました。俺がマイスペースでシャウトをリクエストして、結構話が合うので何曲かプロダクションを頼みました。彼のラップスタイルは本当に歌いこんでるヴァイブが伝わってくるから、やられました。Jovian はサンフランシスコ出身のヒッピーです、現在中国四川州に滞在しています。楽器を何種類も使いこなせるフォークミュジシャンタイプですね。奴とは昔 Hunters and Gatherers ってグループをやっていて、アジアで共に冒険を色々経験しました。Mezmetic は俺のマイメン、エンジニア、それからセラピストです。サンフランで "Sevyn Layerz Deep" ってスタジオを経営しています。奴とは長い付き合いで、本当に今でも迷惑かけっぱなしです。Say はアルゼンチン出身のプロデューサー/ MCで、結構前に彼の方から俺のヴァースをリクエストしてきました。何ヴァースかミックステープにフィーチャーされて、その後ビートテープが届きました。 彼のクルーメンバーはアルゼンチンのグラミー賞勝者だそうです。Cloud N9ne は東京 Musou Productionのプロデューサーです、彼とは俺の戦友/エンジニア Sohch の新宿スタジオで紹介されました。現在二人でEP製作中です。Kristo はカルフォルニア、フリーモントに在る Street Symphony Studios のプロデューサーです。彼はラップ、歌、プロダクションン、格闘技もできちゃう凄い奴やつです。 おなじみ DJ Dolbee にラストトラック "Exit from the Catacombs" を作ってもらって、10年ぶりに一緒に曲をやりました。



          Q12 : 英語、日本語だけでなくスペイン語なども出てきますが、ゲスト参加したアーティスト達について教えて下さい。それと、やはり グローバルというのが本作のキーポイントの一つでしょうか?

          A : グローバルってキーワードは別にそんなに意識していません。どの国でも結局ラップだから、俺みたいな奴は世界中にいるから。初対面の有名日本人ラッパーと話していたら自然に話のトピックが "ウータンで誰が一番好き?、インスペクター? ダーティー?" になった。上海の俺が遊びに行ってた LAB DJ コミュニティーセンターはナイキがスポンサーで、サンプルのエアファースが届くたびみんなで取り合った。スロベニアでは地元の奴に "ボズニアにライブしに行こう!"って誘われた (行けなかったけど)。俺が言いたいのは、国と言語が違っても結局同じ。ラップ中毒者は全世界、何語でも共通点が多すぎると思う。Say、Kemui、KristoとSohchはラップでも参加しています。7曲目にフィーチャーされているAnom Flux は東京滞在フロリダ出身ヴェネズエラ人です、三全世界のメンバーで俺の戦友です。12曲目にフィーチャーされている Akua Naru は、ドイツ滞在東海岸出身の女性MCで、彼女とは中国成都で一緒に行動していました。 



          Q13 : 今作の中で気に入っているリリックがあれば教えて下さい。1フレーズで構いません。

          A : 全てのヴァースに全力をかけました。でも小節何個か選ぶんなら、タイトルトラックのサビでスピットする、"...even if I get a wife and kid and work a 9 to 5nothing could ever change me I'll be spitting 'til I (drop) / 俺が妻を見つけても、子供ができても、就職しても、倒れるまでスピットする" ですね。"



          Q14 : このアルバムのここを聴いてほしいというような部分はあります?

          A : 全力尽くしました、全曲気に入っています。



          Q15 : ウータンで誰が一番好き?

          A : ゴーストフェイスキラーーーー!! ザ・ワラビーチャンプ!!



          Q16 : ファンの皆さんにメッセージをお願いします。


          A ; よろしくお願いします。コメントやプロップス、クレーム、何でも「kensho.kuma.com」に送ってさい。



          インタビュー : 西喜 純一 (WE NOD RECORDS)
          日時 : 2010年12月初旬



          作品の詳しい商品情報を見る。
          2010.12.12 Sunday

          894+DELMONTE=NYC TITLE - HAPPY BIRTH DEATH RELEASE INTERVIEW

          0


            wenod : 894さん、DELMONTEさん、まずは自己紹介をお願いします。
             
            894 : 894 (白紙) です。好きなテレビ番組は「ためしてガッテン」です。越後製菓!
             
            DELMONTE : DELMONTEです。ビート作っています。宇宙いきたいです。


            wenod : 資料では「なんとなく結成」と曖昧な言葉でまとめていました。そんな中でもアルバム発表までこぎ着けたのですが、制作するに当たり「感情が爆発した」という言葉で例えています。制作する引き金となった感情の爆発とはどういったものだったのでしょうか?

            894:この資料は大体が嘘なんであれですけど、少なからず音楽で食う為には色んなものを犠牲にしないとダメらしくて、それで成功した結果、俺には何が残るんでしょうか?とか色々と考えてしまった時期があったんですね。「つまんねー、なんだこの業界死ねばいいのに」とか思ってた時期があって。でもそれってすごいだせぇなぁーとか思ったんですよ。何を愚痴ってんのさ俺はと。自分から飛び込んで何をほざいてんだと。バカやろうと。俺バカやろうと。

            でも結局なんか、上手い事消化できなくて。そんなウジウジしてる暇あるんだったら曲にしてこのもやもやを消化させよう!って言うまぁ一種の正当化ですよね。正当化させてストレス発散しただけ。最低なアルバムですね。ごめんなさい。でもそれだけじゃないから許して!寛大な眼で見てあげて!

            DELMONTE:元々894とはMIDICRONICA以前から一緒に活動していました。なので普段の生活の延長線上で結成したわけです。が、ここに来てある程度DIYで制作できるじゃん!ってことに気づいた瞬間に、リビドーが噴出しちゃいました。


            wenod :「人間がクズだと言う事を改めて認識できる一枚」ということですが、最近の生活の中で改めてそう感じた事柄がありましたら聞かせて頂けますか。

            894:自分の事は毎日クズだなぁって思ってますよ。でも思ってるだけで直そうとしないところが更に始末に終えない。

            DELMONTE:クズかどうかはわかりませんが人間は嫌らしいけど嫌いにはなれない。とは強く思いました。自分も含めてですが。


            wenod : "日曜日 pt.2" では2バース/2分弱の短さの中、ミステリー小説のようなストーリー展開がスリリングでした。本編のリリックを書き上げたことになった経緯を聞かせて頂けますか。

            894:「お化けより人間が一番怖いよね」みたいな話をよくするんすけど、その延長線上みたいな感じですかね。普通に生活してる人の裏側がこんなだったらやばいね、みたいな想像をそのまま曲にしたって感じです。こういうOLさんやサラリーマンは現実にいるかもしれない。ってか多分居ると思う。


            wenod : "iNsTaNt HeAvEn"、"平壌ハイ"、"US(2010remix)" など、時事問題/社会情勢のキーワードが目立ちました。特にアメリカの国際政治に対してのメッセージが多かった様に聞こえたのですが、現在までのアメリカの社会情勢、日本の情勢も含め、どんな思いをお持ちですか?

            894:直接政治に興味があるかって言うと全然無かったりもするんですけど、比喩表現として今回は結構こういうキーワード使いましたね。"iNsTaNt HeAvEn" は実話。俺が経験した話をそのまま書いてます。"US(2010remix)" に関しては憧れの対象=アメリカっていう皮肉を込めて、"平壌ハイ" も同時期に書いてたんで尻拭いしないで逃げる奴は誰だ?って言う比喩で使ったりはしました。


            wenod : 空想世界と現実世界が浮遊する "MIDICRONICA" プロジェクトの、主要メンバーとしても活動されていますね。メンバーも着々と増殖しているようですが、こちらのプロジェクトのコンセプト、最終的な目標などを聞かせて下さい。

            894:元々、覆面でやりたかったんですよ。どこどこのだれだれとか先入観無しで曲を聞いてもらいたいってのがあったので。そういうときにちょうどステロイドって言うキャラクター書ける人とかとつながって、そこから気がついたら今に至ってたって感じです。最終的な目標って正直今は無いですけど、出来る事なら最後には笑っていたいっすよね。

            DELMONTE:俺に関して言えば、宇宙に行きたい。宇宙とひとつになりたい。身近な事で言えばこのアルバム、実はかなりのポジティブなメッセージが込められています。一人でも聞いて元気になったり、ヒップホップが好きになってくれたら嬉しいよね、と思っています。


            wenod : カルデラビスタさん、パートナー "マンブル" との出会いから、アルバムを制作する事になった経緯を聞かせて下さい。

            カルデラビスタ(以下カル) : マンブルは日本の事が好きで勉強してて、飯田橋でなんとなく出逢って、遊ぶようになって、一曲作ったらアルバムを作ろうってなりました。


            wenod : "Emotion" では、自身のヒップホップライフをフェードバックし、リリック「2005年/アルバムと優勝の影で/霞んだ人間関係」という言葉を残し、一つの分岐点を指していますね。

            カル : アルバム発売とUMB優勝した年は良い節目になりましたね、色々学びました。ヒトとしても、ラッパーとしても。


            wenod : 40カ国以上の国を渡り歩いていると聞きました。異国の文化と触れ合ったことで、何か気持ちの変化はありましたか?それと旅の中で思い出のエピソードなどありましたら聞かせて下さい。

            カル : 直感で生きようと思いましたね、正直に。トルコでレコ屋探してて、CDショップのイカツめ坊主の兄ちゃんにレコ屋の場所聞いたら連れていってくれて、その途中で「ラッパ我リヤ知ってる?」って聞かれました、、帰国してトシさんにその事を言ったら「今ちょうど気になってる国がトルコなんだよねー」って返されましたね。アジアとヨーロッパが交わる国なんで。


            wenod : ダンサー、ビートボクサー、MPC奏者、MCを集めた大所帯チーム "ZULU MK MASTERS" のメンバーとして、ゲリラ的な活動をされていると聞きました。こちらの活動の内容を聞かせて下さい。

            カル : 池袋BEDで "LIVIN' PROOF" っていうイベントやってます、みんなず〜っと踊りまくりです。たまに新宿LOFTでもやってます、店長が中高同級生ってこともあって。あと毎週土曜の渋谷駅前で18〜9時に集まれる人で路上セッションしてますね、オレは最近あんま行けてないけど、、、タクはもうレギュラーで、鎮とかも今度遊びにきてくれるっぽいす。


            wenod : ソロアルバムが待ち遠しいのですが、発表の予定はありますか?

            カル : 現在 "TEAM C(カリフォルニア)" のアルバム制作中。メンバーはPONY、UTA、FAT山、OJIBAH、BRON-K、57MOVE、他。すでにCメンバーが何人いるか不明。Cガールもいます。ソロアルバムはそのうち出します。


            wenod : タクザコドナさんは2009年、タクザコドナ+894+DELMONTE "呪煙" のプロジェクトが発足されましたが、結成された経緯を聞かせて下さい。

            タクザコドナ(以下:たくざ):渋谷のクラブファミリーっていうハコで長い間イベントで一緒にやってたメンバーだったから結成って言う意識も低いすかね。894とデルモンテはMIDIクロニカのプロジェクトやASTROで一緒にやってる以前にも "DIS★CAMP" っていうグループでの同胞だし、894とぼくは54っていうグループでやってたし。ただ、もっと若い頃はラップもトラックも器用にこなす894をライバル目線でみてた時期もあったんすよね。じつは。ジジイになったいまだからやれるメンバー(笑)。


            wenod : セカンドアルバムから "カルデラビスタ" が参入し、新生 "呪煙" となりました。カルデラビスタさんとは、かなり長い付き合いのようですが、タクザコドナさんから見たカルデラビスタのラッパーとしての魅力とはどんなものでしょうか?

            たくざ:カルはバトルMCとして語られることが多いのかもしれないけど、実際はエンターテイメント性の高いフリースタイルにいつもうならせられる。フリースタイル持久力がっっっぱない。同じ言葉なんかでてこない。そして、一般人を巻き込むための即興がホントに上手でダンサーとの相性がすごくいい。それは、前述の "ZULU-MK MASTERS" とのセッションで威力を発揮するんだよね。いい仲間と巡り会えたなんだって思う。世界の色んなところに行くようになってからの人間としての成熟が、すでに悟りの域に達しているのが伝わってくる。その分、接してると自分のクズっぷりにオチるんだよね。894じゃないけどさ。


            wenod : プロフィールで "マリファナマーチ" に5年連続で参加と書かれていましたが、自身が持つ思想について聞かせて頂けますでしょうか。

            たくざ:もうそんなに回を重ねてたんだね。あの運動も日本にはいってきた当初とは色々変わってしまって、警察も警戒態勢をとってて非常にやりづらい環境にあると思う。それに大きくなりすぎて、状況を運営側が把握出来てないってのもある。なんにせよ、自由を勝ち取る為には戦わないと切り拓けないものだとおもうからさ。紆余曲折、試行錯誤しながらつづけていってほしいです。

            しかし、ボクの感じる限りではあっちは好きだけど、主張するといろいろやりにくいっていうフリークが大半だろうし、結局、来場者にしても出演者にしても、解放するんだー!みたいな気概というか、ヴァイブスというかが希薄でエネルギーの高まりが感じられない。いまは一枚岩じゃないなら、解放運動ってなんなんだろうっていう疑念がくすぶった心境かな。


            wenod : アーティスト活動以外に、レーベル "BRIKICK HYPE"、MPCバトル"GOLDFINGER'S KITCHEN" など、精力的に活動を続けていますが、今後の展望を聞かせて頂けますでしょうか。

            たくざ:はい。まず、なかなかFIXをむかえないアルバムの方も春先にはだせるようにしたいです。ぼく、路上でカホンってパーカッションを叩きながらラップするんですけど、冬は寒いから引きこもりがちになると思うんで、そのスキに一気にすすめます。

            あと、ウチの "BRIKICKHYPE WORKS" から一月に "ジュノンコアラ" っていうソロMCのアルバムが出るんで、彼のプロモーションとかしつつ、マッドカタコリ名義のインストアルバムも作ろうと思ってます。あと、"GOLDFINGER'S KITCHEN" のDVDも来年の早い段階でだせるように動いてますんでおたのしみに!


            日時 : 2010年11月30日(火曜日)
            場所 : web
            質問 : カミナガ
            回答 : 894+DELMONTE=NYC, カルデラビスタ, タクザコドナ
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